The genome of a songbird
- タイトルなど
- The genome of a songbird
- Wesley C. Warren et al., Nature (2010)
- 僕とこの論文の関係
- 読込度:★★★★☆
- 専門性:★★★★☆
- 面白度:★★★★★
- 素人解説
- 鳴禽類(めいきんるい; songbird)は,キンカチョウ,ツグミ、ウグイス、ヒバリなど美しい鳴き声の鳥を含んでいる。キンカチョウは,ヒトの神経科学的特性に対して独自の関連性をもち,いくつかの研究分野で重要なモデル生物となっている。また,ほかの鳴禽類と同様に,キンカチョウは学習した発声でコミュニケーションを行う。新たな歌(song)を学習し覚えて,それを歌う(sing)ことができるのだ。
- 今までの研究から,キンカチョウの前脳(forebrain)に位置する "song control nuclei" において,新たな歌を聴いた場合および既に覚えている歌を聴いた場合で,それぞれ独自の transcriptome 変化が起こることが知られている。*1 先行研究においては transcriptome 変化を EST data に基づいて調査しており,キンカチョウ(Taeniopygia guttata)ゲノムのアセンブリがなく(そのため gene model も利用可能でなかったため)transcriptome 変化の解釈が断片配列レベルに限られていた。
- What did they perform?
- What did they realize?
- キンカチョウゲノムの特徴を明らかにした:
- キンカチョウーニワトリゲノム間で,synteny 構造や karyotype は良く保存されている
- キンカチョウーニワトリゲノム間で,多数の染色体内再編成(interchromosomal rearrangement)が起こっている
- 哺乳類ゲノムと比較して,LINE や SINE などの interspersed repeat 領域が少ない(哺乳類ではゲノムの約半分を占めるのに対し,キンカチョウでは 7.7% しか占めない。因に,ニワトリでは 8.5% である)
- (MHC 遺伝子の arrangement がニワトリとも哺乳類とも異なる)
- (イオンチャネル遺伝子の進化がキンカチョウ lineage において加速された)
- (PHF7,PAK3 という 2 つの遺伝子の in-paralog の個数が多く,遺伝子重複が新たな機能獲得の原動力となったことを示唆した)
- キンカチョウゲノムの特徴を明らかにした:
- Why is this study valuable?
- キンカチョウのゲノムアセンブリを得ることで,今までは断片配列レベルでしか解釈することができなかった transcriptome 変化について,遺伝子レベルでの解釈を可能にした。これにより,新たな歌を聴いたときの学習メカニズムとして,下記のような分子細胞生物学的仮説を導くことができた。
- 新たな歌を聴く
- → (前脳においてホルモンやサイトカインが分泌される?)
- → microRNA など ncRNA の発現が抑制される
- → 特定の protein-coding 遺伝子の発現が ON になる
- → シナプス状態の変化(学習)
- 学習メカニズムの分子細胞生物学的仮説を deep に検証していくための手がかりを残した。
- 歌を聴くことによる transcriptome 変化に,レトロトランスポゾンなどの mobile element の発現変化も含まれることを示唆した。
- キンカチョウのゲノムアセンブリを得ることで,今までは断片配列レベルでしか解釈することができなかった transcriptome 変化について,遺伝子レベルでの解釈を可能にした。これにより,新たな歌を聴いたときの学習メカニズムとして,下記のような分子細胞生物学的仮説を導くことができた。
- 感想
- 単にゲノムアセンブリを構築するだけでなく,キンカチョウにおける "歌の学習メカニズム" というコアな生物学的テーマに対してゲノミクスの観点からアプローチしている点が素晴らしい。論文中に示されている結果の多くは,"ゲノムが明らかになって初めて得られる結果" であり,ゲノム配列決定の意義と威力がとても良く伝わってくる。
- 新たな歌を聴くことが mobile element の activity を変化させることは,経験(や行動)がその個体のゲノムの編集に関わることを(遠回しに)示唆しており,大変興味深い。もちろん生殖細胞のゲノムが変化しなければ子孫にその変化は伝わっていかない訳であるのだが,過去の経験がゲノムに記憶されるのであれば,またその記憶が何かしらの生物学的意味があれば,"個体レベルでのゲノムの記憶" があることを示しており,妄想が膨らんでしまう。
- 今後の研究の方向性(バイオインフォの視点から)
- キンカチョウにいけるコアな生物学が "歌の学習メカニズム" であるとするならば,それと深く関連する transcriptome 変化をオミクス研究の観点から解明することが次のステップとして考えられる。本論文においても少しだけ transcriptome data を取得しその方向性を指し示しているが,より多くのタイムポイント,より多くの組織から大規模に transcriptome data を取得することで,学習メカニズムに関連する遺伝子の詳細なカタログ作りが可能なのではないだろうか。詳細なカタログ作りは,その先にある deep な分子細胞生物学研究を進めるための重要な基盤となることが期待される。このような大規模な transcriptome 解析を行う基盤は,本研究によるゲノム配列解読により,整ったといえる。
- ニューロン状態の変化を促す transcriptome 変化は,哺乳類でも起こっているのではないだろうか。transcriptome 変化の基盤として,transcriptome 変化を調整する転写制御機構(protein-coding 遺伝子に限らず ncRNA も含めて考えるべきだろう)が存在するハズである。キンカチョウと哺乳類でその機構はどの程度保存されているのだろうか?遺伝子重複に焦点をあてた遺伝子ファミリーの進化解析により,解明の糸口を見つけられる可能性がある。
- "No Music, No Life" という標語が表すように,音楽はヒトの重要な文化のひとつである。なぜヒトは音楽を聴く文化を持ったのか?キンカチョウゲノムと哺乳類ゲノムとの比較ゲノム解析から,この学際的な問いにアプローチできないものだろうか。
*1:Dong, S. et al. Discrete molecular states in the brain accompany changing responses to a vocal signal. Proc. Natl Acad. Sci. USA 106, 11364–11369 (2009).